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無職のゆらぎ

音楽、映画、本、お笑い、アイドル、その他いろいろ

「パッセンジャー」は「ぼく地球」に遠く及ばない

昨日新宿で「パッセンジャー」見てきました。

20××年――新たなる居住地を目指し、5000人の乗客<パッセンジャー>を乗せた豪華宇宙船アヴァロン号が地球を後にした。目的地の惑星到着まで120年。冬眠装置で眠る乗客の中で、なぜか2人の男女だけが早く目覚めてしまった。90年も早く――。エンジニアのジムと作家のオーロラは絶望的状況の中でお互いに惹かれ合っていく。なんとか生きる術を見つけようとするが、予期せぬ出来事が2人の運命を狂わせていく――。

あらすじはこんな感じ 。

 

(以下イラつきすぎてネタバレしかしてません)

 

 

もともと映画館にはミニシアター、シネコン問わず行く方なのでま年末くらいから大手シネコンで流れるこの作品の予告を見ていて思ったのです。

 

あらすじが「ぼくの地球を守って」みたいだ・・・!!

 

知ってます?ぼくの地球を守って

 

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

 

 

少女マンガ雑誌「花とゆめ」で1986年から1994年にかけて連載されていたSFマンガ。私の年なら連載終了した時点で1歳です。マジで1世代上くらいの人にしかこの漫画の話をしても通じないんだけど、傑作なんですよ。

続編はタイトルを変えて今も連載されてるんじゃなかったかな・・・。その1作目がこの「ぼくの地球を守って」なんですけど。お話としてはスケールがでかすぎて簡単に説明しづらいんですけど、主人公の女子高生の同級生二人が同じ夢を見ていて、その夢に出てくる女性が主人公の女子高生とそっくりだというところから始まり、同じ夢を見る仲間が集まるにつれ主人公も同じ夢を見るようになり、その夢はどうやら前世の記憶だということに気づくわけです。前世と今世を行き来しながら話は進んで行くんですけど、この前世パートの話を「パッセンジャー」の予告を見て思い出したわけです。

「ぼく地球」の主人公たちの前世はどこか遠い惑星の住人で、地球を探査するために7人の学者たちが宇宙船に乗り込むのですが、船内で謎の疫病が広まりみんなバタバタと死んでいく。

最後に残った3人がモクレン(主人公の前世)を取り巻く三角関係で、片方の男シウがワクチンの生成に成功するも一人分しか作ることができなくて、全員にワクチンを投与したふりをして自分でも、好きな女でもなく、もう一人の男シオンに打つ。ほどなくして二人は死に、ワクチンを打たれたシオンだけが9年間船内で一人で生き続けるっていうダークすぎるお話が前世パートなんですけど。

 

話を「パッセンジャー」に戻すと、公式のあらすじや予告編では伏せられていた事実が一つ。

機器の故障で一人だけ早く目覚めたジムは、孤独に耐えきれずオーロラのポッドを壊して彼女を故意に起こしてしまったということ。ここに至るまでのジムの孤独に打ち勝てない葛藤は良かったと思います。話し相手はアンドロイドのバーテン、アーサーしかいない。そんな彼相手にジムはオーロラを起こすかどうか相談するという。ついにポットを壊してしまいオーロラが目覚めても、ジムがポットを壊したという事実を知らないオーロラはいとも簡単にジムの思い通りになりますよね。

そこからありきたりのラブロマンス映画となり、ジムの行いがアーサーが口を滑らしたことによってオーロラにバレ、最終的にはSFアクション大作らしいアクションシーン・・・ジムの罪はいつの間にかないがしろ、確かに5000人の冬眠状態の乗客を命張って助けたんだけど、それでいいのかオーロラ。前半の重厚な人間ドラマはどこへいった。

 

「吊り橋効果」ですか「ストックホルム症候群」ですか。

そうやって考えると過去に犯した罪について描いた映画だと「さよなら渓谷」は上手な余白の使い方もあって秀作だったな、と思う。

 

さよなら渓谷

さよなら渓谷

 

 

 

また話が逸れた。 

パッセンジャー」のシナリオが「ぼく地球」のシナリオに遠く及ばないと感じるのはそういった罪に対する贖罪の部分なんじゃないだろうか。

「ぼく地球」のシオンが9年の孤独を強いられたワケには、彼の犯した罪があるという背景もある。それに対する贖罪が9年間という途方も無い孤独だ。

 

outception.hateblo.jp

 

これを見るとやっぱりオリジナル版で見たかったなーと思うね。

 

 

虚像と実像のお話。

WACKがまた公開オーディションをやっている。

WACKというのは元祖お騒がせアイドルBiSが所属する会社でもあり、BiSの仕掛け人渡辺淳之介の会社だ。そんなWACKが新人のオーディションと評し、女の子たちの5泊6日の合宿生活をニコ生で配信しながらWACKに所属する新人アイドルを選出するというもの。

 

ちなみに去年にも同じような形で公開オーディションは行われた。

BiSが結成当初から目標に掲げてきた武道館公演、過激なパフォーマンスなどで武道館側の許可が降りなかったため「BiSなりの武道館」として横浜アリーナ解散ライブを行った彼女たちは解散した。しかし、渡辺淳之介のもう一度BiSがやりたいという願いから、初期から中心メンバーのプー・ルイだけを残し新たにメンバーをこの公開オーディションで選出した。

 

その模様は映画にもなっている。

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「BiS誕生の詩」は硬派にその公開オーディションを追ったもの。

「WHO KiLLED IDOL?」はそのオーディションでBiSになれなかった女の子たちのドキュメンタリーである。

 

東京での公開から一ヶ月あまりたった今月上旬、地方で2作連続での公開が相次ぎ、

私も地元神戸で鑑賞することにした。が、時間の都合上「WHO KiLLED IDOL?」の方しか見ることができなかった。なんとなく「こっちの方が面白いやろ」と前々から思っていたので、「BiS誕生の詩」を見れなかったことになんの後悔もなくこちらの「WHO KiLLED IDOL?」のチケットだけ購入した。

 

そんな中見始めたこの映画だったが、冒頭で映し出される合宿中にプー・ルイが語る言葉に後頭部を殴られたような気持ちになる。

「みんな人の不幸が好き」

その通りだと思った。多分私が「BiS誕生の詩」を見れなくてもいいや、と思ったのもそういうことなんだろう。知らず知らずのうちBiSになれなかった方の彼女たちの、いわば敗者の物語を期待していた。

 

いつしかアイドルは努力してきた結果を見せるものではなく、その努力の過程を見せるものになったとAKB48が台頭してきた2010年前後からよく言われるようになってきた気がする。

48は好きだ。なんならアイドルにハマったきっかけは48だ。

特に2010年頭にやっていた「マジすか学園」をきっかけにAKBにハマり倒した私はその年の秋に結成されたNMB48という沼にずぶずぶとハマっていくこととなる。2011年元日から始まったNMB48劇場での劇場公演は今では飛ぶ鳥を落とす勢いの山本彩なんかも毎日劇場で歌って踊っていた。劇場公演が始まって3ヵ月くらいは本当に毎日やっていた。なので1ヵ月も経つと体調不良でアイドルたちがバタバタと倒れていくのだ。無理もない、つい数カ月前まで普通の中学生や高校生だった女の子たちがレッスンに明け暮れ毎日約2時間の公演をこなす。それに全員が公演に出れるわけではない。中心メンバーが取材やテレビの仕事で公演に穴を開けるたび控えメンバーにまわってくるチャンス。まさにサバイバル。当時学生の私はそれこそ毎日のように専用サイトからチケット抽選に応募し、1月から5月ごろまで続いた当時の演目「誰かのために」公演が終了するまでに7、8回見に行けた(ほぼ毎日応募してこの抽選確率なのだから、倍率は恐ろしいことになってたんじゃないだろうか。これ以後ますます劇場公演には入れなくなった)。48の劇場公演の演目は決まっている。15曲ほどの公演曲で構成されていてセットリストの曲が変わることもなければ、順番すら変わらない。同じ演目を何回も見に行ったのはアイドルたちの成長が感じれるからだ。「あの子、前より踊れるようになってる」、そういった体験が楽しかった。

 

「自分がなぜアイドルが好きなのか。それは動物園で動物を見てる感覚と一緒。だってお前ら檻の中で飼いならされてるトラとかライオンを見るために金払ってわー可愛いとか言ってるやん。あいつら動物はただ生きてるだけやのに、それを見世物にされてる。同じように女の子が頑張ってる姿を金を払って見る。アイドルも人生のショーケースやから」

飲み会でそう言って周りをドン引きさせた経験もある。やっぱり、アイドルは人生のショーケースだと思う。

 

話を映画に戻すと、BiSになれなかった女の子たちはBiSの公式ライバルとしてSiSを結成する。プロデュースをするのはBiSの仕掛け人渡辺淳之介ではなく、渡辺の同期入社でBiSに関わり続けてきた清水という男。しかしこの清水の不祥事が原因でSiSというアイドルグループはお披露目ライブの翌日に解散させられる。という、プー・ルイの言う人の不幸が凝縮されたようなドキュメンタリーだった。

映画が終わったあと館内清掃のために劇場内に入ってきた、知り合いの映画館スタッフと目が合い、「なんなんすか、これめちゃくちゃおもしろいじゃないですか」「でしょ?」と言葉を交わす。もはや凄惨なまでのアイドルの地獄絵図を見せられても最初に出てくる言葉が「おもしろい」だとは。

 

先日新宿タワレコでGANG PARADEというWACK所属のアイドルのインストアイベントに行ってみた。現在のGANG PARADEには元SiSのメンバーがいる(このへんの詳しい事情は映画を見てもらった方がわかりやすい)。大人の事情に翻弄された女の子たちが笑顔で、全力で歌って踊っていた。アイドルという世界の末恐ろしさを感じて背筋に寒気がした。

 

でも不思議とステージ上で歌って踊るアイドルたちの笑顔に嘘はないような気がする。

涙を飲んだ彼女たちの笑顔は一層輝いて見えた。

 

だから人の不幸っておもしろいんですよ。