無職のゆらぎ

音楽、映画、本、お笑い、アイドル、その他いろいろ

映画エッセイっぽい何か(2)/スウィート17モンスター(2016)

この前バイト先(映画館)の受付に立ってると学生4人組が映画を見に来た、他に時間を潰す場所もないこの辺りだからか、その4人組はずっとロビーでおしゃべりしながら時間を潰していたのだが、話を聞いているとどうやら映像系の大学生っぽい。

「アメリって世間的な評価ちょうどいいよね~」「お前らクーリンチェ見てないのに台北トーリー見るとかダメだから!」

…ああ、むず痒い。こういう単館系映画好きが高校生くらいまで一人で映画見続けてきて、そういう学部の大学に入って仲間ができた典型!はいこれ常識!4人組の1人がひたすら映画について喋り続ける凄惨な光景だった。

 

嘲笑と微笑ましさ半分くらいの気持ちで私は半ニヤケだったらしく、一緒に働いてる人に「顔ニヤケてるよ」と指摘された。「いや、ああいうの本当に大学入ったばっかりの時とかによくいますよね」と私の捻じ曲がった性格の悪さを露呈する発言を繰り返してると「ネイディーンだ」と言われた。

 

ネイディーンとは「スウィート17モンスター」に出てくるヘイリー・スタインフェルド演じる主人公のことだ。ネイディーンは幼少期から優秀な兄に比べられ続け、学校ではいじめを受けていたのだが、唯一の友達クリスタに救われる。それ以来クリスタだけが自分のことを理解してくれるただ一人の友達だったのだが、17歳のある日クリスタが大っ嫌いな兄貴と付き合い始める。ひねくれにひねくれた17歳のネイディーンを描く今年ベスト級の青春映画である。

 

イタい青春を描く映画はたくさんあるが、この作品はとびっきりの爽やかな仕上がりになってる。ポップな色使いも、音楽の心地良さも、アメリカの広瀬すずなんて呼ばれてるらしいヘイリーちゃんのフレッシュさも見所だ(彼女はジョンカーニーの「はじまりのうた」でマークラファロの娘を演じていたあの子でもある。)

 

私は映像系の専門学校に通っていたが、本当に周りは映画を見てる人間が少なかった。シネコンでかかる大作ならまだしも単館系に詳しい同級生なんかまずいない。映像系の職につこうとしてるのに映画見ないとか周りは頭がおかしい、とさえ思っていた。週1でキネ旬によく評論が乗ってるような映画評論家の方が「この最新映画は見た方がいいぞ!」って言い続けるだけの授業があったのだが、その先生が一通り話し終わった後「この映画見た人」ってよく生徒に手を上げさせていた。しかし手を上げ続けるのが私しかいなくて「どうだった?」「すごく面白かったです」と大教室で謎の1対1の会話になることがしばしばあった。

 

就職(テレビAD)してからも周りにはいない。先輩には少し映画好きがいたがシネコン止まり、一番フラットに映画の話ができたのはチーフプロデューサー(番組で一番偉い人)という環境。ちなみに仕事を辞める際に挨拶に行った際もなぜか最終的にララランドの話を10分くらいした。

 

私も正直4人組の彼らが羨ましかったのだろうか。

本当は友達が欲しくて欲しくてたまらなかったのに、つっぱりまくるネイディーンのように。

いや、違うな。それはない。4人組の話まくってる男の子が同級生だったら間違いなく「黙れ!」ってはっ倒してる。

 

17歳のあの時も、今も、間違いなく私はネイディーンだと思う。

 

 

 

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スウィート17モンスター(2016)/アメリカ/監督:ケリー・フレモン/出演:ヘイリー・スタインフェルドウディ・ハレルソン

 

映画エッセイっぽいなにか(1)/百円の恋(2014)

かの昔、と言っても数年前。

お昼のお茶の間のお供がいいともだった時代。テレホンショッキングに旬のイケメン若手俳優が番宣か何かで出演していた。

「休みの日は何をして過ごすの?」という当たり障りのないタモさんの質問にその若手俳優は「特に何もしないんですよね~、でも最近映画の予告を動画サイトで見るのにはまってます」って返す。タモさんが「気になった映画は映画館に観に行くの?」とまた質問返し。その若手俳優は「いや観に行かないです」ってヘラヘラ笑いながら答えてた。なんだそれ。演技の仕事してる若手俳優がそんなんでいいのか、と当時すごく憤った記憶がある。

それから数年、未だにテレビや映画に引っ張りだこの俳優だが、そいつが出てる作品は見たくないなと思った。

 

とはいえ予告だけでお腹いっぱいになるんじゃないかと思うような素晴らしい映画予告があるのも事実。今まで300回は見たんじゃないかと思う予告がある。「百円の恋」の予告だ。

 

「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督、安藤サクラ主演。その時点で見に行こうと思ってたのだが予告だけで一発ノックアウトだった。

クリープハイプの楽曲に乗せてぶった切るような編集で脈絡のないカットが続く。あまりにも気になって予告編を編集してる人が誰なのか調べた。納得。「先生を流産させる会」「ライチ光クラブ」などでおなじみの内藤瑛亮監督だった。

 

そんなこんなで私の「百円の恋」との出会いは2015年新春、地元神戸での上映初日、武監督と安藤サクラが舞台挨拶にやってくるということで早朝から元町映画館に並んだ。のちにわかることだが、この日元町映画館始まって以来の大盛況で立ち見を出しても入りきらない客がいたほどだったらしい。

 

予告だけで既にダウンを一個取られてる私の身にボディブローが入りまくった映画だった。後半30分でKO負け。私の両隣に座ってた人は迷惑だっただろうなっていうくらい泣き通した。あまりに泣き通したため上映後パンフを買い武監督と安藤さんからサインをもらったのだが、全く目を見て話せなかった(泣きはらしすぎて伏し目がちになる私の顔を覗き込むようにありがとうございます、と言ってくれた安藤サクラさんは神だった!)

やっぱり予告だけでお腹いっぱいになるなんてありえないんだよ!ざまあ見やがれ!

 

この映画体験以降、私の「同じ映画を何度も見るくらいだったらその時間で他の映画見るわ!!」理論は見事に崩れ去った。この日の5日後くらいに大阪の劇場で2回目を見て、真っ赤な目をしながら学校で授業を受けた。

 

昨年秋しんゆり映画祭でこの映画がかかるということで久々に見た。過去2回と同じく後半30分で涙が止まらなくなった。この時、ちょうど職場のプロデューサーと職場内配置のことで大喧嘩し、仕事を飛んでた時期だったので、クライマックスのボクシングシーン、主人公一子が相手に一発も当てられずにいるところに、セコンドに立っていたトレーナーが「何のためにここまで来たんだよ!!」と声を荒げるシーンが刺さる刺さる。

見終わってトイレで真っ赤な目をした自分を見たとき、「何かを始めるのに、遅いなんて言い訳でしかないよな」と当たり前のことを改めて思った。

 

(そういえばだけど冒頭で話した私が心底ムカついた若手俳優、武監督の「イン・ザ・ヒーロー」に出てたな、とどうでもいいことを思い出した。)

 

 

 

 

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百円の恋(2014)/日本/監督:武正晴/出演:安藤サクラ新井浩文

200キロの土嚢

ADという仕事を辞めて3ヶ月。

 

仕事を辞める1ヶ月前くらいに「マジでお笑いでも見に行かねーと笑いかたを忘れそうだ!!」と勇気を出して一人でお笑いを見に行き始めたのだが、最近ではすっかりお笑いライブが生活の中心ですか?と言わんばかりである。

(ちなみに笑い方を忘れそうになったのは忘れもしない日本列島を大寒波に包まれた1月、ロケで名古屋に行き一人でJAFの車をひたすら追っかけ事故を探したあの日である)

 

仕事を辞めた後、「何が一番辛かった?」と聞かれることがよくあるのだが、それは決まってる。忘れもしない去年7月。フランスのニースで花火大会の客にトラックが突っ込むとうテロが起きた一週間だ。

 

私はその週、放送予定の再現ドラマの準備をしていた。だがそのテロが起きたせいでその週の再現ドラマの放送は見送りになった。私の担当していた番組は情報番組で1時間の放送時間に取り扱うネタ(事件だったり、いいお話の再現ドラマ)ごとにディレクターとADが振り分けられ、チームで1週間ごと仕事をする。

再現ドラマが見送りになったせいで私の仕事はなくなり、改めてチームに配属されることになる。直感的に「テロのチームにつけられると絶対やばい!だって頭おかしいディレクターしかいねーもん!」と思った。当時ちょうど東京都知事選の真っ只中で都知事選チームは変わらず動いていた。政治ネタはADのできる仕事が限られてる。局内の報道部に映像素材を借りに行ったり、ディレクターが行った専門家やらのインタビューを文字起こしする程度、楽だ。私はチーフADに「都知事選行きますわー!研修の局員いっぱいいるしそっちの方サポートする人間もいるでしょ?私が行きます」と率先して逃げた。

 

逃げた後にテロチームは大変なことになっていた。ディレクターが「人間の重さくらいあるマネキンをトラックで轢くみたいな検証実験やりたいよね〜」とか言い出したらしくてんやわんや。まずマネキンを借りに行かなければならない、人間の重さをどうするか、トラックはどこから借りてくる?、トラックをマネキンで轢く場所は?等々ディレクターの一言で準備しなければならないのはうちらAD。そしてロケの日程は次の日、出ないと放送に間に合わない。テロチームのADが頭抱えてるのを尻目に「早く逃げてよかった〜」という私はほくそ笑む。

 

その日の夕方、私は楽に仕事をこなし、喫煙所でサボってると2期上の先輩から突然電話がかかってくる嫌な予感しかしない。チームの直属の先輩ならまだしも、この先輩はニースのテロチームの先輩だ。

私「はい」

先輩「あ、ごめん。今大丈夫?」

私「あー、大丈夫ですよ」

先輩「ニースのやつ、明日ロケでさー。お願いがあって」

私「なんですか?」

先輩「人がいなくて、どうしてもお前に行って欲しいんやけど」

私「は?人いるでしょ、〇〇とか〇〇とか(同期2人)」

先輩「いや、その子らはロケ慣れしてないし大変なロケになりそうやから。〇〇(一期上の先輩)は行くんやけど、そいつがお前じゃないと行かないってキレてるから」

私「・・・私が行くしかないと」

先輩「うん」

 

逃亡失敗。ロケで求められるADの仕事はデスクワークしかやってないADでは無理だと言うのはわかってる。番組に入って4ヶ月程度だったが、毎週のようにロケ行く、ロケ要員だった私だからお声がかかるのはよくわかる。だから逃げたのに!!!

そこから直接電話くれた先輩と話しロケの準備がどこまで進んでるかを聞く。トラック、場所、マネキンは確保できたらしい。だが重り問題がまだ解決してない、と。

 

私「実際買ってきてつけてみないとわかんないですけど、マネキンの前と後ろにリュックかなんかを背負わせてその中に、砂入れるとかでいけるんじゃないですか?」

先輩「それいいね!買ってきて!」

 

そこから近くのWEGOでやっすいリュックを6個くらい買って、ホームセンターへ向かう。一気に轢くマネキンは4、5体らしいので単純計算で50キロ×4体=200キロの重りがいる。20キロ×10の土嚢を見たことないようなホームセンターのでかい台車に乗せ局へ帰る。

 

帰ると一期上の先輩が木材でマネキンを支える台みたいなのを作っていた。リュックを背負わせるだけだとマネキンが重みで倒れてしまうからだ。買い出しから帰ってきても仕事は山積み。ロケに行く2人で朝まで作業した。もちろん寝る暇なんてない。

そして6時、マネキン12体と200キロの砂を乗せた車で山梨まで向かう。

山梨のある駐車場が今回のロケにあたり場所を提供してくれた。

 

アスファルトの照り返しも手伝って気が遠くなりそうな炎天下。必死にマネキンに20キロと30キロの土嚢が入ったリュックを背負わせる。暑い。暑さと土嚢の重み、寝てない。最悪のコンボ。先輩、あまりのストレスに思わずロケの合間に「ああああ!!!」と叫ぶ。「もうちょっと頑張りましょう、もうちょっとで帰れますから」とフラフラしながら言う私。間違いなく共闘関係。

トラックに追突され吹っ飛ぶマネキン。

 

宙を舞うマネキンを見ながらこう思った「多分これお蔵入りだ・・・」。

撮れたVを見ていうディレクター「これショックング映像すぎて放送できないな〜」

笑い事じゃねーよ、お前の一言のためにここまで頑張ってきたんだよ。

 

こんなこともあろうかと準備していたダンボールに50キロの重りを入れてトラックを追突させる衝撃実験の方がその日のオンエアに乗り、マネキンの方は完全にお蔵入りになった。

 

山梨からの帰りに「このまま200キロの土嚢を局内に持って帰ってもどうしようもないんですよねー」と運転手さんと話す。「僕の会社に空き地みたいなとこがあるからそこなら捨ててもいいよ」と言ってくれた。運転手さんの会社がある豊洲に行き、200キロの砂をばらまいた。これがのちの豊洲の盛り土問題である。あ、嘘です。

 

 

ADの仕事でキツイのは正解がないことだと思う。

どんな無茶振りにも耐え、自分で解決策を導き出さないと

放送が成立しない。

 

今この話が私の鉄板の飲み会ネタになっている。

それはそれで良かったかな。

 

 

 

 

 

いや、よくねーよ。

 

 

「パッセンジャー」は「ぼく地球」に遠く及ばない

昨日新宿で「パッセンジャー」見てきました。

20××年――新たなる居住地を目指し、5000人の乗客<パッセンジャー>を乗せた豪華宇宙船アヴァロン号が地球を後にした。目的地の惑星到着まで120年。冬眠装置で眠る乗客の中で、なぜか2人の男女だけが早く目覚めてしまった。90年も早く――。エンジニアのジムと作家のオーロラは絶望的状況の中でお互いに惹かれ合っていく。なんとか生きる術を見つけようとするが、予期せぬ出来事が2人の運命を狂わせていく――。

あらすじはこんな感じ 。

 

(以下イラつきすぎてネタバレしかしてません)

 

 

もともと映画館にはミニシアター、シネコン問わず行く方なのでま年末くらいから大手シネコンで流れるこの作品の予告を見ていて思ったのです。

 

あらすじが「ぼくの地球を守って」みたいだ・・・!!

 

知ってます?ぼくの地球を守って

 

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

 

 

少女マンガ雑誌「花とゆめ」で1986年から1994年にかけて連載されていたSFマンガ。私の年なら連載終了した時点で1歳です。マジで1世代上くらいの人にしかこの漫画の話をしても通じないんだけど、傑作なんですよ。

続編はタイトルを変えて今も連載されてるんじゃなかったかな・・・。その1作目がこの「ぼくの地球を守って」なんですけど。お話としてはスケールがでかすぎて簡単に説明しづらいんですけど、主人公の女子高生の同級生二人が同じ夢を見ていて、その夢に出てくる女性が主人公の女子高生とそっくりだというところから始まり、同じ夢を見る仲間が集まるにつれ主人公も同じ夢を見るようになり、その夢はどうやら前世の記憶だということに気づくわけです。前世と今世を行き来しながら話は進んで行くんですけど、この前世パートの話を「パッセンジャー」の予告を見て思い出したわけです。

「ぼく地球」の主人公たちの前世はどこか遠い惑星の住人で、地球を探査するために7人の学者たちが宇宙船に乗り込むのですが、船内で謎の疫病が広まりみんなバタバタと死んでいく。

最後に残った3人がモクレン(主人公の前世)を取り巻く三角関係で、片方の男シウがワクチンの生成に成功するも一人分しか作ることができなくて、全員にワクチンを投与したふりをして自分でも、好きな女でもなく、もう一人の男シオンに打つ。ほどなくして二人は死に、ワクチンを打たれたシオンだけが9年間船内で一人で生き続けるっていうダークすぎるお話が前世パートなんですけど。

 

話を「パッセンジャー」に戻すと、公式のあらすじや予告編では伏せられていた事実が一つ。

機器の故障で一人だけ早く目覚めたジムは、孤独に耐えきれずオーロラのポッドを壊して彼女を故意に起こしてしまったということ。ここに至るまでのジムの孤独に打ち勝てない葛藤は良かったと思います。話し相手はアンドロイドのバーテン、アーサーしかいない。そんな彼相手にジムはオーロラを起こすかどうか相談するという。ついにポットを壊してしまいオーロラが目覚めても、ジムがポットを壊したという事実を知らないオーロラはいとも簡単にジムの思い通りになりますよね。

そこからありきたりのラブロマンス映画となり、ジムの行いがアーサーが口を滑らしたことによってオーロラにバレ、最終的にはSFアクション大作らしいアクションシーン・・・ジムの罪はいつの間にかないがしろ、確かに5000人の冬眠状態の乗客を命張って助けたんだけど、それでいいのかオーロラ。前半の重厚な人間ドラマはどこへいった。

 

「吊り橋効果」ですか「ストックホルム症候群」ですか。

そうやって考えると過去に犯した罪について描いた映画だと「さよなら渓谷」は上手な余白の使い方もあって秀作だったな、と思う。

 

さよなら渓谷

さよなら渓谷

 

 

 

また話が逸れた。 

パッセンジャー」のシナリオが「ぼく地球」のシナリオに遠く及ばないと感じるのはそういった罪に対する贖罪の部分なんじゃないだろうか。

「ぼく地球」のシオンが9年の孤独を強いられたワケには、彼の犯した罪があるという背景もある。それに対する贖罪が9年間という途方も無い孤独だ。

 

outception.hateblo.jp

 

これを見るとやっぱりオリジナル版で見たかったなーと思うね。

 

 

虚像と実像のお話。

WACKがまた公開オーディションをやっている。

WACKというのは元祖お騒がせアイドルBiSが所属する会社でもあり、BiSの仕掛け人渡辺淳之介の会社だ。そんなWACKが新人のオーディションと評し、女の子たちの5泊6日の合宿生活をニコ生で配信しながらWACKに所属する新人アイドルを選出するというもの。

 

ちなみに去年にも同じような形で公開オーディションは行われた。

BiSが結成当初から目標に掲げてきた武道館公演、過激なパフォーマンスなどで武道館側の許可が降りなかったため「BiSなりの武道館」として横浜アリーナ解散ライブを行った彼女たちは解散した。しかし、渡辺淳之介のもう一度BiSがやりたいという願いから、初期から中心メンバーのプー・ルイだけを残し新たにメンバーをこの公開オーディションで選出した。

 

その模様は映画にもなっている。

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「BiS誕生の詩」は硬派にその公開オーディションを追ったもの。

「WHO KiLLED IDOL?」はそのオーディションでBiSになれなかった女の子たちのドキュメンタリーである。

 

東京での公開から一ヶ月あまりたった今月上旬、地方で2作連続での公開が相次ぎ、

私も地元神戸で鑑賞することにした。が、時間の都合上「WHO KiLLED IDOL?」の方しか見ることができなかった。なんとなく「こっちの方が面白いやろ」と前々から思っていたので、「BiS誕生の詩」を見れなかったことになんの後悔もなくこちらの「WHO KiLLED IDOL?」のチケットだけ購入した。

 

そんな中見始めたこの映画だったが、冒頭で映し出される合宿中にプー・ルイが語る言葉に後頭部を殴られたような気持ちになる。

「みんな人の不幸が好き」

その通りだと思った。多分私が「BiS誕生の詩」を見れなくてもいいや、と思ったのもそういうことなんだろう。知らず知らずのうちBiSになれなかった方の彼女たちの、いわば敗者の物語を期待していた。

 

いつしかアイドルは努力してきた結果を見せるものではなく、その努力の過程を見せるものになったとAKB48が台頭してきた2010年前後からよく言われるようになってきた気がする。

48は好きだ。なんならアイドルにハマったきっかけは48だ。

特に2010年頭にやっていた「マジすか学園」をきっかけにAKBにハマり倒した私はその年の秋に結成されたNMB48という沼にずぶずぶとハマっていくこととなる。2011年元日から始まったNMB48劇場での劇場公演は今では飛ぶ鳥を落とす勢いの山本彩なんかも毎日劇場で歌って踊っていた。劇場公演が始まって3ヵ月くらいは本当に毎日やっていた。なので1ヵ月も経つと体調不良でアイドルたちがバタバタと倒れていくのだ。無理もない、つい数カ月前まで普通の中学生や高校生だった女の子たちがレッスンに明け暮れ毎日約2時間の公演をこなす。それに全員が公演に出れるわけではない。中心メンバーが取材やテレビの仕事で公演に穴を開けるたび控えメンバーにまわってくるチャンス。まさにサバイバル。当時学生の私はそれこそ毎日のように専用サイトからチケット抽選に応募し、1月から5月ごろまで続いた当時の演目「誰かのために」公演が終了するまでに7、8回見に行けた(ほぼ毎日応募してこの抽選確率なのだから、倍率は恐ろしいことになってたんじゃないだろうか。これ以後ますます劇場公演には入れなくなった)。48の劇場公演の演目は決まっている。15曲ほどの公演曲で構成されていてセットリストの曲が変わることもなければ、順番すら変わらない。同じ演目を何回も見に行ったのはアイドルたちの成長が感じれるからだ。「あの子、前より踊れるようになってる」、そういった体験が楽しかった。

 

「自分がなぜアイドルが好きなのか。それは動物園で動物を見てる感覚と一緒。だってお前ら檻の中で飼いならされてるトラとかライオンを見るために金払ってわー可愛いとか言ってるやん。あいつら動物はただ生きてるだけやのに、それを見世物にされてる。同じように女の子が頑張ってる姿を金を払って見る。アイドルも人生のショーケースやから」

飲み会でそう言って周りをドン引きさせた経験もある。やっぱり、アイドルは人生のショーケースだと思う。

 

話を映画に戻すと、BiSになれなかった女の子たちはBiSの公式ライバルとしてSiSを結成する。プロデュースをするのはBiSの仕掛け人渡辺淳之介ではなく、渡辺の同期入社でBiSに関わり続けてきた清水という男。しかしこの清水の不祥事が原因でSiSというアイドルグループはお披露目ライブの翌日に解散させられる。という、プー・ルイの言う人の不幸が凝縮されたようなドキュメンタリーだった。

映画が終わったあと館内清掃のために劇場内に入ってきた、知り合いの映画館スタッフと目が合い、「なんなんすか、これめちゃくちゃおもしろいじゃないですか」「でしょ?」と言葉を交わす。もはや凄惨なまでのアイドルの地獄絵図を見せられても最初に出てくる言葉が「おもしろい」だとは。

 

先日新宿タワレコでGANG PARADEというWACK所属のアイドルのインストアイベントに行ってみた。現在のGANG PARADEには元SiSのメンバーがいる(このへんの詳しい事情は映画を見てもらった方がわかりやすい)。大人の事情に翻弄された女の子たちが笑顔で、全力で歌って踊っていた。アイドルという世界の末恐ろしさを感じて背筋に寒気がした。

 

でも不思議とステージ上で歌って踊るアイドルたちの笑顔に嘘はないような気がする。

涙を飲んだ彼女たちの笑顔は一層輝いて見えた。

 

だから人の不幸っておもしろいんですよ。